《総評》ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクールin Tokyo 2024

《総評》

【ピアノ部門】

■緊張した中で、モーツァルトのソナタの全楽章を、自ら考えた通りの演奏をするのは極めて困難なことです。そのような状況の中でも、全ての演奏者は健闘し、充実した多様なモーツァルトの表現を繰り広げていました。

モーツァルト自身の演奏に関する当時の様々な記録を辿ると、その演奏を目の当たりにした聴き手の熱狂、魂が酔いしれる様子などを窺うことができます。「活き活きとし、しかし同時にしなやかさをもつ。革新的で斬新ではあるが、同時に自然である」といった、一見、相反するかのような表現が同居しているのがモーツァルト自身の演奏・作品だという見解を支持する人は多いでしょう。このような表現をピアノ演奏で実現することは一朝一夕に叶うものではありません。

こうした「理想」に近づくためには、コンサート(コンクール)に向けて研鑽し、舞台経験を重ねることは不可欠です。様々な(和声・形式・様式)分析を通じて、先ず作品を理論的に捉えた上で、デリケートな視点を大切に1音1音構築しつつ、人生、自然、宇宙、神といった壮大なマクロ的観点からも作品を考えていくことが肝要なのだと思います。

■モーツァルトのピアノ作品を演奏する際には、繰り返し言われることですが、管弦楽作品、オペラを知ることはとても大切で、重要なことです。なぜ重要なのかということは、オペラを知って初めて分かることであり、またその「分かること」も人それぞれだと思いますが、歌詞がなく、ピアノという楽器一つで演奏するピアノソナタを演奏する上で、多彩なヒント・閃きを得られることは間違いありません。

和声の変化を的確に捉えて見事に表現している参加者がいたことは聴いていて大きな喜びでした。和声をより積極的に感じて表現をするというところに今後の可能性を秘めた参加者も多くいました。

今回は、サロンで新しいYAMAHA CFX(フルコンサートピアノ)での演奏でしたが、多くの参加者が会場の響きを良く聴きながら演奏している点、素晴らしいことだと感じました。

このコンクールの本選では、ソナタ全楽章を演奏しますが、各楽章の「拍子感」の変化をより積極的に表現するとさらに良いのではないかと思う演奏も多くありました。リズム、拍子の表現は奥深く、西洋音楽の根幹を成す重要な要素の一つですので、この部分も研究・勉強も是非続けてください。

【室内楽部門】

■意欲的で表情豊かな演奏を多く聴くことができたことは審査員一同の大きな喜びでした。昨年も感じたことですが、時にその強い表現意欲が、サロンでの演奏ということを忘れてしまう(強い音になりすぎてしまう)場合があり、常に奏者どうし互いの音を聴くだけではなく、聴き手の立場に立って(想像して)会場全体の音・音響を捉えて弾く意識を大切にして欲しいと感じました。

オリジナルの編成以外で演奏することも、アンサンブルにおける楽しみの一つですが、選曲については音色、バランス、表現などの面でオリジナル以外の編成でも違和感なく演奏できるかどうか、新たな魅力を創出できるかを慎重に考えるべきだとも感じました。

強い個性のソリストが集まったアンサンブルから、互いに聴き合い調和を大切にしようとする団体まで、多様なアンサンブルを聴くことができたのは大きな喜びでした。