ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクールin Tokyo 2022 総評

ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクールin Tokyo 2022

総評

*アンサンブルでは全員が総譜に目を通し、自分がその中のどこに置かれているのかを確認することが重要です。

特にウィーン古典派の作品では当時の楽器機能を研究し、その時代の作品を近代の楽器でどのように再現するかを考えるならば、自然とバランスや速度も決まってくるかと思います。また管楽器ではブレス・コントロールと息づかいとに細心の注意を払う事です。

ピアニストは独奏を含め、バスと内声のラインを常時意識しながらポリフォニーを聴き取り、最終は楽曲にマクロ的なカデンツ構造を作り上げることです。またペダリングに関しては、楽曲、楽器、ホールを考慮し、弱音やヴィブラート・ペダルも含めて段階的に踏み分けなければなりません。場所によってはダンパーで音を切らずにサイレント・プレッシャー(音が鳴らないように再度鍵盤を押さえてから切る)も用いることです。

楽曲のテンションが高まるのはfの時だけではありません。p時の緊張感は特に重要です。即ちfのようなpで、そしてpの様なfで演奏するのです。イタリア語の標示は相対的なものだという事です。Allegroにも元々「速い」といった意味はありません。

「陽気な」「快活な」という内容が原義で、それを誤解すると楽曲の演奏速度にも悪影響を及ぼします。また「テンポ」と「速度」とを同等に解釈することは大きな誤りです。「テンポ」は「速度」では決してないことをここに付記しておきます。

*室内楽(アンサンブル)は、特に自分のパートだけではなく、他のパートをトータルに聴いてバランスを考えて演奏をしてください。曲のスタイル(様式)をしっかりベースに、響き(音色)を、捉えて考えましょう。

*モーツァルトに限らず、クラシック音楽の大多数の作品について、作曲された当時どのように演奏されていたかということは、特に装飾音の弾き方やデュナーミクなどについて多くの研究者や演奏家たちによって詳細に研究されてきました。

しかし、音楽をどのように聴くかということを考えると、弾く人の問題だけではなく聴衆の側も時代を経て大きく変化していますので、今の時代ならではの演奏がバロックや古典派の作品においても多種多様にあるべきだと、個人的には思っています。その点で今回の出場者の演奏の多くは、アイディアに富んで柔軟性があり、情熱がしっかり音にこめられて伝わってきており、今後のさらなる成長を楽しみに聴きました。

それと同時に、ソナタやヴァリエーションといった形式そのものがもつ説得力をさらに探求してほしいと思います。名ピアニスト達が皆全く違う演奏をしていながら、いずれも説得力があり名演として受け入れられるのは、音楽の作りをそれぞれの方法でよく理解して自らのものとしているからです。それはちょうど、ニュースや新聞記事、論文などで人に分かりやすく伝えるための文体や構成があるのと同じことです。

アナリーゼを重ねることで曲中の大切な瞬間を発見して理解し、細かいリズムの持つイントネーションや和声進行に沿った無理のないフレーズの歌い方を学ぶことで、自然な流れのなかで自分の解釈をさらに自由に表現してほしいと感じました。

*モーツァルトなどの古典派の曲を弾く時も、スタイルの洗練だけに偏ることなく、それぞれの作品に込められたドラマを表現することが大事です。書かれたドラマを汲み取るには、俯瞰的に曲を捉えて曲のハイポイントをしっかりと見定めるわけですが、そのためには基本的な構造を押さえ、またそれぞれの部分で何調が支配的であるかなどといった大きな要素を大局的に捉えて考え感じて下さい。ディテールの磨き込みはその後です。室内楽ではディテールワークの大切さは当然のことですが、細かいところから合わせ始めて最後に全体の流れを後付けで考え、違和感の残る演奏になってしまうのはありがちなことです。

弦楽器のボウイングについては、良くコントロールを利かせて緻密にフレーズや発音を整えているものの、自然な音の響きの拡がりにかけるケースが散見されました。腕と弓の重みを楽器に預けて出す自然な音をベースに、既に鳴らした音の響きを利用して次の響きを作ることを試みて下さい。これを動作面に即して言うと、腕をコントロールせずに腕の動きの惰性を利用して音を紡ぎ、かつ全体的には形とフレーズをコントロールするという、ワンランク上のコントロールです。

部屋のサイズに合った響き作りも考慮して欲しいところです。学生の内はコンクールなどでの演奏を想定して、ある程度大きなコンサートホールでの演奏に見合う音作りを訓練させられます。これは勿論大切なことですが、現実の音楽家生活の中では、お客様との距離の近い小さなサロン等で演奏することがいかに多いことか。特に室内楽では、プレイヤー同士の間の空間における調和のみに満足せず、部屋全体のスペース感にフィットした音量や音圧を用いることに視野を拡げてください。